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若い無知。心の世界

勘助の家に来てみると





 それから暫くは、宗悦、珍念とも、何処から見ても僧侶と小坊主らしく、早朝に起きてお勤めをすると、宗悦は粥と味噌汁と野菜の煮物などの朝食の用意を、珍念は本堂の掃除を始める。
 ものの一ヶ月もすると、宗悦は飽き飽きしだし、「旅に出よう」と、珍念を説勧める。暇つぶしになる法要も無ければ、葬式もない。
   「なぁ珍念、二人で江戸へ行かないか、江戸にも浄土宗の大本山があるぞ」
 そこで修行を積めば良いというのであろうが、珍念は父親を埋葬した場所から、あまり遠くには離れたくなかった。
   「和尚様、珍念は京にある大本山の道場で修行を積みたいのです」
   「そうか、珍念と別れるときが来たようだな」
   「せっかく根付こうとしているのに、この村を見捨てるのですか?」
   「別に拙僧が貰った寺でもない、見捨てることにはなるまい」
 宗悦は、珍念を京の大本山まで送って行き、その足で自分は江戸に出ようと思った。
   「珍念、お前が修行を終えたら、この寺に来て住職に成りなさい」
 自分は、金儲けをしながら江戸へ行って、舌先三寸で遊んで暮らしたいというのだ。
   「和尚様は、怠け者ですか? いずれ大きなしくじりをやらかして、島流しになりますよ」
   「おや、言い難いことをズバッと言う小坊主だな」
   「本当のことを言っただけです」
 どうやらこの二人、明日にでもこの寺を離れてそれぞれの道を歩みかねない雰囲気になったが、そこへ村の男が飛び込んで来た。
   「お坊様、助けてやってください、新田の勘助が熱に魘されて死にそうなのです」
   「拙僧は、医者でも祈祷師でもないぞ、それならお医者を呼びなされ」
   「それが、村にはお医者は居なくて、町まで行かなければなりません」
   「町まで行けば良かろう」
   「お医者様が来るまでに、勘助は死んでしまいます」
   「そんなに切羽詰まっているのか?」
   「はい」
   「だが、一介の坊主に何が出来ると思うのだ」
 珍念が、大声で「和尚様、行きましょう」と、叫んだ。何とか、お医者が来るまで持ち堪えさせようというのだ。珍念は、父の看病をしながら、薬どころか水さえも手に入らずに悔しい思いをしたのだ。ここでは、何とか出来るかも知れないと思った。

 勘助は悶え苦しみ、額から汗が玉のように噴き出していた。珍念は咄嗟に「お父つぁんと同じだ」と、感じ取った。
   「井戸の水を盥に入れてきてください」
 珍念は、反射的に指図をしていた。冷たい水で手拭を絞ると、勘助の額に乗せてやり、汗を拭ってやった。
   「どなたかの家に、せんぶり茶はありませんか?」
 せんぶり茶は、普通は胃の腑や腸の腑の病に効く薬として用いるのだが、沈静効果や、炎症を抑える効果もある。珍念が病気になれば、父は何かとせんぶりを煎じて飲ました。それを思い出したのだ。

 せんぶりを煎じて冷まし、これを苦心惨憺して勘助にのませると、暫くして静かになった。あれほど暴れていた勘助が、今はスヤスヤと寝息を立てている。

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